コプト教とコプト語の聖書

聖書にはエジプトを舞台とした場面が幾つも出てきます。

旧約聖書では、海を二つに割るシーンで有名な『十戒』(エジプトの王子として育てられたモーゼが自分と出自をともにするイスラエル人たちを連れてエジプトを出て行く話)や、最近『ヨセフと不思議のテクニカラー・ドリームコート』というミュージカルとして日本でも上演されてる(父親にあまりに可愛がられている末弟のヨセフに嫉妬した兄たちによって奴隷として売り飛ばされてエジプトで紆余曲折の末、ファラオの信頼も厚い大臣に出世したのち兄たちを許す)話などです。このどちらも欧米の映画界では大好きな題材のようで、いろいろな脚色をされて繰り返し映画化されています(最近のモーゼを扱ったものだと『エクソダス 神と王』、ヨセフはちょっと前にアニメ映画にもなりました)。

新約聖書では幼子イエス・キリストを守り抜くためにマリアとヨセフがエジプトへ逃げてしばらく暮らします(出エジプト記)。エジプト各地にマリアや幼子イエスゆかりの地があるのはこのためです。

エジプトに最初にキリスト教が入ってきたのは、紀元後2世紀ごろですが3〜4世紀には教会なども建てられ大主教がアレクサンドリアに存在していたことが分かっています。現在もアレクサンドリアには教皇がいらっしゃいます。

彼らが用いていた(そして現代にまで伝わっている)聖書はコプト語で書かれています。

コプト語は平たく言えば、古代エジプト人の使っていた言葉をギリシア文字とそれで表現できない発音を表すための文字を足して作った文字です。日本語をローマ字で表記するのに似ています。

つまり、当時の言葉の音を書き写したものなのです。

現代のコプト教徒たちもコプト語で書かれた聖書を用いているのですが、正確に内容が読み取れているひとはほとんどいません。

アラビア語圏以外のムスリムがアラビア語でクルアーンをそらんじることが出来てもアラビア語を話すことが出来ないのととても似ている状況です。

イエス・キリストが話していたのも、アラム語だとかヘブライ語だという説もありますが、実際にはまだ確定していません(ただ、アレクサンドリアに残る聖書が一番原本に近いのではないか、とは言われています)。

そういう意味では、イスラム教の聖典クルアーンほど正確にイエス・キリストの言葉が伝わっている訳ではないのでしょう。

コプト教徒たちが、意味を分からないままに、それでもコプト語の聖書を用い続ける姿勢は、ムスリムたちがアラビア語のクルアーン以外を認めない姿勢と共通のものを感じます。

これはもう宗教の問題ではなく、エジプト人の気質なのかもしれませんね。

なにしろ約3,000年間、ほぼ同じ様式の文字と絵画表現を維持し続けた人々の子孫ですから。

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